真夜中のラヂオ

レクチャー


 オレのねえちゃんには彼氏がいない。
 ねえちゃんが高校に入学してこの数ヶ月間オレがイイ男の情報を提供してやったり、デートスポット教えてやったりしたけど、男友達が増えただけだった。
 デートだってオレがいい所教えてやってるっていうのに、帰ってきたとき感想を聞いたら、「遊園地が」楽しかったとか「ドンとPONが」面白かったとか、何のためにオレがこんなに苦労してるのか全然わかってない。
 そんなねえちゃんのためにオレは考えた。
 すごい名案を思いついた。何ではじめからしなかったのか不思議なくらいだ。これでねえちゃんも、ようやく彼氏のひとりくらい出来るようになるぞ。


 青空がまぶしい。天気予報通りに、雲一つないほど晴れた。いい気分でオレは朝から入念に今日のスケジュールと注意事項を頭にいれてたら、あっという間に約束の時間がせまっていることに気づき、大急ぎで家を出た。
 はばたき駅前は、これから出かける人とはばたき駅についた人であふれてる。駅前にある時計を見ると、約束の時間まであと数分だ。オレみたいにちらちら時計を見ながら人を待っている感じの人が多い。ここは目印になりやすい場所だからよく待ち合わせに使われるところだ。おまけに駅の近くには、デートにもってこいな映画館、プラネタリウム、ボウリング場、ライブハウス、ゲームセンター、カラオケBOXなんかがズラリとそろってる。
 駅からねえちゃんらしき人間がキョロキョロあたりを見まわしてる。オレと目が合うと真っ直ぐ走ってこようとして、ねえちゃんと同い年くらいの男にぶつかった。慌ててあやまるねえちゃん。見てると向こうもあやまってる。よそ見してたねえちゃんが悪いのに……あれ? なんだか顔見知りだったみたいだ。見かけない顔だからはば学の生徒ってわけじゃなさそうだけど、ねえちゃん、いつの間に知り合ったんだろ。
 まあともかく、待ち合わせ場所を間違えなかっただけでもねえちゃんにしては上出来だ。
「でもなんで同じ家に住んでるのに別々に家を出てわざわざ待ち合わせしなくちゃいけないのよ」
「だってこれはねえちゃんのデートの練習だろ。デートは待ち合わせたところからもう始まってるんだぞ」
「ふーん……そうなの」
 ねえちゃん、こんなんで大丈夫かよ? 今日はみっちりねえちゃんを鍛えてやんなきゃな。
「ところでねえちゃん、その服はどうしたの」
「ジャケットは先週買ったばっかりのだけど、それがどうかした?」
 今日のねえちゃんの服装は、上からブティック・ソフィアのハイネックのニットとジャケット、ブティック・シエラのストレートパンツ、アクセサリはたぶん 雑貨屋シモンのミトンの手袋。全体的に見て地味だけどデンジャーってわけでもない。でもオレのチェックには二つ引っかかった。
「まだ冬じゃないっていうのにあんまり厚着しなくたっていいだろ。ほら、周り見てよ、ねえちゃんくらい着込んでる奴なんていないぞ」
「だって今朝寒かったんだもん」
 ねえちゃんはのん気にほっぺを手袋で挟んで暖かそうにしてる。しかもなんか手ざわりよさそうだし。あーあったかいし、気持ちいいなあ……とか思ってるんだろうな。
「ハァ……」
 この調子だと先が思いやられる。ねえちゃんにはおしゃれ心ってもんがないのかよ。別に「はばたきネット」のおしゃれコラムを毎月見ろってわけでもないん だけどさ。いや、ホントは毎月かかさず見ろっていいたいけど、最初からねえちゃんにそんな高望みなんかしない。小さいことからコツコツとやってかなきゃ。
「ともかく、中までしっかり着てるのに十一月にそれは止めといた方がいいぞ。せめてジャケットか手袋をやめるとか……そりゃ薄着すぎってのは問題だけどさ、厚着だって相手があきれちゃうよ。客観的に見て言ってるんだぞ。ちょっとは参考にしてくれよな」
「うん、わかった」
 ねえちゃんはうなずいた。ホントにホントにわかってるのかな。
「あとさ……」
「まだあるの?」
「ねえちゃん、せっかくいい服もってんだからもうちょっと同系統のコーディネート考えてみたらいいんじゃないかな? 相手だって好みの服とかあるし。例えばさ、葉月はピュア系好きらしいよ」
「あんた、どこでそんなこと聞いてきたの?」
「それは企業秘密ってやつだよ」
「ふーん」
 やばいやばい。この間うまい手を使って葉月から直接聞き出したっていったら怒るに決まってる。でもこっちだってそれ相応の努力をして情報を手に入れてる んだから、一生懸命な弟に少しは理解を示してくれればいいのにさ。おまけにねえちゃんには全部タダで教えてやってるんだぞ。
「ともかく、今のねえちゃんの格好はどっちつかずなんだよ。さっぱりスポーティにするのか、かわいくピュアにまとめるのか、ハッキリした方がいいだろ」
「そうなの?」
「そうなの! ねえちゃんだって、相手がねえちゃん好みの服でバッチリ決めてきたらみとれたりするだろ?」
「う〜ん……そうかも。でも、スポーティとかピュアでまとめるってどうやって服を見分けるのよ」
「あのさ、店ごとに雰囲気ってあるじゃん。ブティック・ソフィアだったらピュア系で、ブティック・シエラだったらスポーティ系とか」
「あ、そういえば……そうだね」
「まあ、たまに違う系統のもまざってるけど、家で他の服と合わせて鏡見たらだいたいわかるだろ、ピュアっぽい! とかってさ」
「そうかなぁ」
「そうなんだよ。あ、それから間違っても三系統以上まぜて着てったりしないでくれよ。今みたいなピュアとスポーティ系の服にエレガントやセクシー系混ぜたらバラバラな印象になっちゃうからね」
「なるほど……」
 ねえちゃんがオレの顔をまじまじと見る。なかなかやるなあって見なおしたのかな。
「それから、前のデートと同じ服着るなんてダメだからな」
「あたりまえでしょ」
「て、思うだろうけど何回もデートしてたら忘れることもあるだろ、ねえちゃんの場合」
「なによそれ! もう、大丈夫だってば」
「んじゃ、そろそろ映画館行こう」
 歩きながら、一応ねえちゃんに注意しておく。
「ねえちゃんの部屋にパソコンあるだろ? インターネットで調べれば、上映してるタイトルがわかるんだからそこんとこチェックしてから誘うんだぞ? 誘った後で相手の全然好みじゃない映画ってわかっても遅いんだからな」
「もう、それくらいわかってるわよ」
「ホント?」
「もちろん」
「じゃあ、今上映してるのってなーんだ」
「えーと……たしかアニメだったような……」
「ハズレ。今やってるのはSF」
「あっ、ベロシティーオブライトだ!」
 やっと思い出したらしい。前にテレビでこの映画のコマーシャルが流れてたとき、「面白そう」とか「見たい」とか言ってたのにもう忘れてる。
「あとさ『はばたきネット』って映画だけじゃなくて、新しいデートスポットとかライブやイベントのスケジュールとかGOROのおしゃれコラムなんか載ってるから、たまにチェックしとくといいよ」
「はいはい」
「それから、フリーマーケットとかバーゲンとかお得な情報ものってるから」
「わかりました、チェックすればいいんでしょ」
「ちぇっ、ほんとにわかってんのかよ……」
 映画館は駅から歩いてすぐのところにある。休日だから入っている人も多いけど、公開からだいぶたった今では立ち見なんてこともない。でもやっぱり映画は公開直後に見るのが一番だな。人より一歩先をいかなきゃ情報通だなんて言えないもんね。
 ポップコーンを買うといって売店に向かったねえちゃんが戻ってくるとカバンから缶ジュースを出した。オレが好きなのだった。こういうとこは、けっこう気が利くかもしれない。
「サンキュ。さっすがねえちゃん」
「ほめたってもうポップコーンしかないからね」
「わかってるって」
 上映のブザーが鳴って、映画館がゆっくり暗くなってく。隣のねえちゃんはもうスクリーンにくぎづけだった。
 テレビでやっていた予告とおりSFXをバリバリに使った大迫力のSFだった。でも途中いやに難しいところがあった。たぶん一回見たくらいじゃわからない。ねえちゃんはわかったのか? 眉を寄せてずっと真剣に見てたけど。
 帰り道、話の内容全部わかったのか聞こうかと思った。ただし聞いたらそこで「尽はどうだったの?」とか言ってくるに決まってるし、オレが聞いた時点でほとんど「オレは映画の内容サッパリわかりませんでした」と言ってるようなものだ。まあ帰りがけに、いつもは食べ物しか買わない売店の前で「あ」とか言って慌ててパンフレットを買ってたから全部分かってるってわけでもない、と思う。
 急に冷たい空気が入って鼻をくすぐってきた。ガマンできなくて、おもいきりくしゃみする。もっとちゃんと着てくればよかったな。ねえちゃんには偉そうにアドバイスしてたけど、家を出るとき時間がなくて適当に選んだのがまずかった。
「尽、寒いの?」
「別にどうってことないよ」
「わたしの上着、着なさい。あったかいから」
「大丈夫だってば!」
「いいから。明日学校でしょ? 風邪引いたらどうするの」
 なんか、すげえ格好悪い。普通イイ男だったら逆だよな……。
 同じ失敗はしないよう、今日のことをオレは心に深く刻み込んだ。
 ねえちゃんは、今回のレクチャーで何か学んだんだろうか。すっごい心配だ。はいはい言ってオレがしゃべったこと全部耳から素通りさせてたんじゃないだろうな。ねえちゃんならありえる。
「ねえ、これ着なさいったら」
「絶対やだ、ごめんだね。そんなのカッコ悪いだろ、まったくねえちゃんは……はっくしょん!」

(2005年9月26日) 

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